2016年06月24日

神奈川・レトロ駅舎巡り その三 車両編

さて気になっていた御殿場線を走る列車ですが、調べてみると 313系 と呼ばれる電車でした。
ほかの路線では東海道線、関西本線、富士と甲府を結ぶ身延線で活躍している近郊型電車でJR東海管内では馴染み深い電車です。

運転席の大きなフロントウィンドーが側面まで回りこんだ、かつての東海道線の電車にも通じる表情豊かなフロントビューが特徴的で、ほかの近郊型電車や通勤電車のような無表情なそれよりだんぜん好きなデザインです。
またステンレス車両なのですが先頭車両と最後尾車両の運転席と車掌室の部分だけアイボリーに塗られていて、全車両の側面を流れるオレンジ色の帯とともによい配色です。

帰りの松田駅ではJR東海の特徴的なベージュ色のダブルのスーツの制服の車掌さんにも出会えて、なにか得した気分の近場の一日旅さんぽとなりました。


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  JR東海 御殿場線 松田駅にて




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2016年06月22日

神奈川・レトロ駅舎巡り その三

日をあらためて出かけた先はJR御殿場線の山北駅です。


小田急線に乗って新松田まで行き、そこで連絡するJR御殿場線の松田駅で乗り換えます。
松田駅もけっこうレトロな駅舎だと記憶していたのですが、いつの間にかにリニューアルされ驚いてしまいました。

御殿場線のホームでしばし列車が来るのを待ちます。
「待たされる」ということは嫌なものなのですが、時間にせかされないさんぽ旅ならば楽しむことさえできてしまうのは不思議です。

そうしていると国府津方面から列車がやってきました。
側面まで回り込んだフロントウィンドーの見慣れないオレンジ色の帯の列車に、あれっ?どこかで見かけたような列車だ??と、しばらくきょとんと近づいてくるのを見ていました。
次の瞬間、東海道線をローカル列車を乗り継いで愛知まで旅した、あのときに乗った列車と同じ車両だと気がつきました。

こんな身近なところでの思わぬ出会いに、しばらくぶりに友だちと再会できたかのようなちょっとうれしい気持ちになりました。
でもなぜ神奈川にJR東海の列車が?・・・ふと見たオレンジ色の駅名の看板に「JR東海」の文字を見つけ、御殿場線がJR東海の路線だということをはじめて知ったのでした。


たった二両編成の列車に乗り込み松田駅から二つ目の山北駅に着きました。
今は寂れてしまったけれども、蒸気機関車黄金時代は御殿場に向かう手前の重要な車両基地でした。
御殿場までの急勾配を重連の蒸気機関車が客車を引いて上っていったそうです。

駅舎は昔の面影を残す木造で、山間の駅らしくこげ茶色になった木地がとてもいい感じです。
早川駅と同じく朱色の丸ポストが印象的でした。
広々した駅前広場、そして今も残るレトロな商店とともにかつて街の賑わいを想像しながら駅の周りを歩きます。

線路脇に続く桜並木の木漏れ日のなかの道は気持ちよく、湧き水の流れる水路を横目に駅まで戻ってきました。
あとで知ったのですが、ここは桜の咲く4月は絶好の撮影ポイントで、大勢の人がカメラを据え賑わうそうです。



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  JR東海 御殿場線 山北駅




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2016年06月19日

神奈川・レトロ駅舎巡り その二

早川駅からの列車が一気に駆け上った先で停車するのが根府川駅です。


崖にへばりつくホームに降り立つと目の前に相模湾の大パノラマが広がる展望台そのものような駅がお気に入りです。
空気が澄んでいる冬ならば三浦半島、遠くは房総半島までくっきり見渡せます。

木造の駅舎はホームよりさらに上方にあって、木造の弧線橋も味わいながら上ると改札口に出ます。
東海道本線では唯一の無人駅だそうで、降りる人もまばらですが、一年で一度、ホームが人でいっぱいになる日があります。
それは元旦、お目当ては相模湾から上る「初日の出」です。
前々から行ってみたかった私、寒かったのですが今年は満を持して早起きしました。
晴天とあってすばらしい初日の出を拝むことが出来ました。ちなみにその日は駅員さんがいたような記憶があります。
桜の咲く4月もおすすめで、こじんまりした駅前広場の桜の樹を入れた風景はすばらしく、ぜひ訪れてほしい駅なのです。

開業はお隣早川駅と同じ1922年と古く、その長い年月の間、悲しい歴史もありました。
駅舎左手の通路手前に慰霊碑があるのですが、開業翌年の9月1日、関東大震災が起こり、崖にある駅が災いして停車中の列車が駅もろとも大きな地すべりに巻き込まれ、海中に沈みました。
乗客、乗務員、地元の住人を含めてたくさんの犠牲者をだすという大惨事になってしまいました。


年に数回、訪れてしまうほどのお気に入りの駅。
絶景なるがゆえでしょうか・・・そのたびごと慰霊碑に向かって亡くなられた人の冥福を祈らなずにはいられません。


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  JR東海道線 根府川駅




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2016年06月16日

神奈川・レトロ駅舎巡り その一

梅雨の合間の天気が良い日、神奈川県に残る、今でも現役のレトロな駅舎を求めて出かけてみました。


JR東海道線・新幹線も停車する近代的な小田原駅の次の駅が早川駅です。
改札を出ると心地よい潮風がお出迎え・・・こじんまりした駅前ロータリーにはタクシー乗り場に自転車置き場、そして小さな交番、レストラン、喫茶店などがあってローカルな旅情を搔き立てます。
神奈川県にこんなレトロな木造駅舎があったのか、と目を疑ってしまうほどのどかな駅前風景です。

建物の色は水色と白、そして屋根瓦が赤茶という、夏の晴れた日の眩しい青い空と海の色にぴったりの、海沿いの駅舎に似合う色です。
右端に立っている朱色のレトロな丸ポストも重要なアクセントとなっています。


駅前広場を出て、道路を渡って海の方へぷらぷら歩き出しました。
途中にあるレトロな理髪店を横目に・・・とすぐ、もうそこは小田原漁港・・・お目当ての食堂で満腹状態です。

さて、早川駅にもどり、東海道線の「熱海行き」普通列車に乗り込みます。
列車はそこからみかん畑の斜面を斜めに一気に駆け上って行きます。車窓からは相模湾の大パノラマが見えてきまました。
私の大好きな駅ももうすぐです。

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  JR東海道線 早川駅




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2016年01月16日

新春登山 その三

ヤビツ峠ですこし休み、軽い準備体操をして、いざ山頂をめざし登山開始です。


登山道は木の杭と丸太で整備された階段状で最初の内はけっこう登りやすいなあ、などと思いながら前を行く人に遅れまいとしつつ登ってゆきました。
しかし途中で徐々に私は置いて行かれ、遅れまいとするほど体力を失います。
こらえ切れなくなるとすぐ休憩モード、景色を楽しんでいるかのような余裕の顔を無理やり作り休むのですが、ほんとのところはそれどころではありません。
悲しいかな、心臓はバクバク、肺はゼイゼイ、しまいには足が棒のように硬くなって完全にノックアウト状態に陥りました。
もう太もももパンパン、どうにも足が上がりません。
やはり「神社の石段」!?とはわけが違いました。
登山となればこれでもかと感じるほど延々と続くキツイ登りは予想できたはずですが・・・
自分の考えの甘さかげんに意気消沈したのです。


何回目かの休憩中、ほんとにゆっくりゆっくり小さな歩幅で登ってくるひとりのオジサンがやってきました。
肩で息をしてしゃがみこんでいた私だったからでしょうか、話しかけられてしまいました。

オジサン曰く「どんなにゆっくりでもいいですから、まずは休まないで登り続けることを考えたほうがいいんですよ」
そうか!マイペースこそが一番大事なことなのか、とそのとき気付かされました。
いままで他の人のペースに無理やり合わせていたのも、とかく他の人と比較してしまい、どこか負けたくない気持ちからだったのかもしれません。
その結果がすこし登っては休憩、登っては休憩の連続・・・これでは自分から楽しく思う山登りなどできないと悟りました。

それからそのオジサンのように一歩一歩踏みしめながら登っていくと、不思議に頻繁に休憩しなくても登っていけるようになったのです。
「マイペース」、たぶんそれはマラソンを走るときも、仕事に取り組むときも、同じように大事なことで、惑わされず、自分を見失わないしっかりした自分がよい結果を出す秘訣なのかもしれません。


何人に追い越されたかなんて、そんなことはまったく気にならなくなって自分のペースで登り続けること約1時間半、やっと鳥居のところまでたどり着きました。

あともう少しで山頂・・・そこから眺めはすばらしいものでした。
西に丹沢の山々の向こうにどーんと富士山が、南に江ノ島はもちろん相模湾の先に浮かぶ大島まで、東は横浜のランドマークタワーに薄っすら房総半島まで見えます。
正月三が日のおかげでしょうか、こんなに風も無く穏やかな天気なのに空気が澄み切っているのは不思議なくらいです。
ぽかぽか陽のあたる中、コンビニで買っておいた「おにぎりとお茶」でも、自然の中で食べるとごちそうに思えました。

毎日見ている大山の姿、きっと山頂の北側からは自宅が見えるはず、と目を凝らしますがなかなか見つかりません。
どうやらそれはあまりに見通しがいいので遠くの方ばかりを見ていたからでした。
もっと目線を真下にした間近に、低い山の裾野に広がる特徴的な住宅街を発見。
もし足がグイーっと伸びたら、たった一歩で山頂から自宅まで下りられそうな、そんな不思議な光景でした。


山の植物や鳥たちも観察できる余裕の下り道、それでも往路はこんなに登ったのかと、驚いてしまうほどなかなか出発地点のヤビツ峠に着きません。
グループや夫婦連れもカップルも、下り道は会話が弾むようです。
お互いのコミニケーションをはかるには、休日たまの「登山」で過ごすのもおすすめでよいかもしれません。

もちろんひとりでも登山することで、散歩のときとは違ったことをいろいろ考えるきっかけになったり発見があって、私の今回初挑戦の登山は意味深いものとなったのでした。


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   自宅から見る「大山遠景」




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 20:43| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

新春登山 その二

大山登山のコースとしてはいろいろありそうなのですが、いちばん下から登るなんてことは無謀、とは超初心者の私、重々承知していますので、まずは中間地点ぐらいまで自分の足を使わず登りたいところです。


現実的なコースとなると、一つは大山阿夫利神社の下社がある地点までケーブルカーで行くか、あるいは反対側のヤビツ峠を登山の起点とするか?
正月三が日最終日とあって下社まで行くケーブルカー車内の混みようも通勤電車並、さらに改札前の長蛇の列は想像疑いなしです。
起点もすんなりヤビツ峠に決定し、自宅からはそう遠くでもないので起点まではオートバイで行くことに・・・駐輪するにもケーブルカー発着所よりヤビツ峠の方が適していそうでした。

さて出発時間は??ふだんの街散歩ではなにぶん「行き当たりばったり」の性分で時間もはっきり決めないのですが、目的がはっきりしているとなれば話は別、「山頂でのお弁当!」は万国、万人共通のメインイベント!?(小学校の遠足からの普遍的な楽しみ、そうでない人も稀にいるでしょうか?)です。
ふつうにこれが当日の時間の基準となりました。
聞くところヤビツ峠からはふつう1時間で登れるそうですが、ゆっくりな人でも1時間半あればなんとか登れるそうな・・・自宅からオートバイで峠までは1時間余りですから、逆算していくと自宅出発は余裕を見て8時半ごろとの予定です。


当日は雲ひとつない青空で、願ってもない絶好の登山日和です。
宮が瀬湖からヤビツ峠へ向かって「裏ヤビツ」の深い渓谷沿いの細い山道を味わいながらトコトコとオートバイを走らせます。
途中、陽のあたらない北側の道路は所々凍結していて、前輪がサーッと数センチ横滑り!!パッと両足が出たのが幸い転ばずに通過、でもヒヤッとしました。
歩きの登山でも思わぬ箇所が凍っている場合がありそうで注意したほうがよさそうです。

そんなこんなでそれまで以上に慎重に運転したので峠に着いたのは10時過ぎになってしまいました。
ちょうど、小田急線秦野駅からの峠行きの路線バスが着いたところ、バスから次から次とたくさんの登山客が降りてきます。
峠のトイレ小屋の周りはもうこれから登山しようとする人でいっぱいです。
正月休み最終日、風も穏やかでこんなに良い天気とくれば、身近な山で眺望もすばらしい「大山登山に行こう!」と思うのもごく自然な選択だと納得です。

東京の高尾山や御岳山もそうらしいのですが、自分ではローカルな山だと思っている大山でグループやカップルの外国観光客らしき人も見かけたのにはちょっと驚きました。


さあ、山頂をめがけて、元気よく登りはじめました、が
これから先の山登りもそう甘くはなかったのでした。


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  大山への登山道入口 ヤビツ峠




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 17:01| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月08日

新春登山 その一

正月休みの最終日3日に神奈川県の大山山頂(1252m)まで登ってきました。

「新春登山」というタイトルから山登りをふだんからしているかのように思われるでしょうが、これが初めてという(私の記憶では・・・)私にとっては歴史的快挙!?なのであります。
「・・山頂まで」とあたりまえのことを書いてしまったあたり大袈裟で登山をしたことがないことがすでにバレバレだったでしょうか。

毎日、朝起きて雨戸を開けると目の前に飛び込んでくる「大山の風景」、空気が澄んだ今頃は山頂にある電波塔までくっきり確認できます。
長年眺めてきた身近な山ですが、いままで登ろうと思ったこともなかったというのが今となっては不思議な感じがします。

事の始まりは、昨年の暮れの夕方、家の前を掃除していたとき、向こうの方から山登りの格好をしたよく知っている向かいに住むSさん夫婦が歩いてきました。
ふたりとも歳も70才代後半だというのにふだんから山歩きが好きなご両人、見るからに足腰が丈夫なような印象です。
「大山に登ってきた」と聞き、ご両人の話しぶりになにか一日充実した満足感、達成感が私にも伝わってきました。
別れ際、一度も登ったことのない私に驚き「沼尻さんも登ってみなさい」と発破をかけられてしまいました。

「初日の出」は見に行ったものの元日、2日とたいしたこともせず過ぎてしまう中、大山を眺めながら、あの山頂から見る私の住む場所はいったいどんな眺めなのだろうか・・・とだんだん興味が出てきました。
「よーし、これは登らないわけにはいかなくなってきたな」と一念発起したのでありました。


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  神奈川県秦野市 大山山頂









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2015年09月21日

青春18きっぷ 庄内平野の旅 その七。

翌朝は5時ごろにはもう目が覚めていました。
風はなんだか昨夜よりひどい感じです。
列車の乗り継ぎなど予定では酒田09:02発の新庄行きを考えていたのですが、用心してその前の列車07:40発に合わせて旅館の朝食時間を早くしてもらっていました。


駅の待合室には十数名、旅行客らしき夫婦は心配そうに駅員さんに状況を聞いているようすでした。
けっきょく07:40発の列車は運休、次の09:02のが出るようなので、一安心して待つことに・・・通常どうり10分前くらいにホームに列車が入ってきました。
車内放送では連絡する羽越本線の列車も遅れているとのこと、13分遅れで出発です。
どうやらまあまあ順調だな、などとこれからの展開を想像できず、のん気なことを考えていました。

強い風を受けながらも徐行運転で余目駅までは順調に走っていた列車でしたが、余目駅ではホームからいっこうに発車する気配がありません。
なんだか風がさらに強くなってきたようです。車内放送で風が弱まるまでしばらく停車の声・・・10分くらいしてまた徐行運転開始、こんどは牛歩のような遅さでカッタン・・・コットン走っていきます。
何も障害物がない広大な庄内平野の風!!恐るべしです。
こんどは稲穂が荒れ狂う海のようにひどく波打つ田んぼのど真ん中で立ち往生。
2両編成の車体がふわりと浮くように感じるほど車体も揺れ、一歩たりとも進めない状況になってきました。
運転手は駅の運行係と連絡、何度も電話しているようすです。
かれこれ30、40分はじっと我慢の子状態だったでしょうか。その間、青く澄み切った空に浮かぶ雲たちが次から次へビューン、ビューンと新幹線並の速さで海のほうへ飛んでいくのを、あきらめの境地で眺めていました。

列車はようやく走りだし、庄内平野の入口、狩川駅までなんとかたどり着きました。次の清川駅あたりからは最上川沿いの渓谷を走るので風の影響はなくなり、最新のディーゼル列車は水を得た魚のように速度を上げて新庄めがけて突っ走りました。


そんなこんなで新庄駅に着いたのは定刻10:05着が大幅に遅れて11:30ころに、事前に調べておいた、うまく行きすぎの列車乗り継ぎ予定は無残にもコナゴナに!
それでも11:40発の山形行きにすべりこみ、なんとか12:57に山形までこられました。
さてここからがたいへんでした。
普通列車で山形から米沢を経由して福島までいく列車がありませ〜ん!に等しいくらいの本数なのです。駅員さんに聞くと、次の米沢行きは14:21発、米沢着が15:11、これはよいとして、問題は米沢では福島行きの列車が17:44発までないのです。
2時間半以上の待ちぼうけはその日の中に家に帰るには致命的でした。

気を落ち着かせて山形駅の改札を出て、ラーメン店で昼食。自腹ですがもう奥の手の新幹線を使うしかなさそうです。(仙山線で仙台に出るという手もあったか?)
新幹線つばさ山形発14:53、福島には16:04に着く、さすが新幹線、従来線のレールですがけっこう早いです。
普通列車なら米沢での待ち時間のこともあって福島着18:30着ですからだいぶ時間を稼げました。
でも、新幹線車内はとても混んでいて、自由席車両はもちろん指定席車両の通路まで立ち乗りの人が入り込むほどのギュウギュウ状態でした。

あとは、何もなかったかのように普通列車でスムーズにことが進みちょっと拍子抜け。
福島発16:28黒磯着18:33、黒磯発18:38宇都宮着19:28、宇都宮発19:30湘南新宿ライン快速逗子行き横浜着21:52、そこから私鉄・相模鉄道で海老名、なんとかその日の中に自宅に帰ってこられたのでした。
庄内平野での孤立状態を思い出し、あ〜あ、よく戻ってこられたな〜、というのが実感・・・それにしても疲れました。


ちなみに山形で新幹線に乗らず意地を通して普通列車で自宅に向かっていたとしたら、どうなっていたか・・・横浜着00:29で到底自宅帰還は無理でした。

スケッチは酒田駅のホームで見た羽越本線・普通・秋田行きのレトロな3両編成のディーゼル列車。こんどはこれに乗って日本海沿いに秋田まで足を伸ばしたいものです。


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  JR酒田駅ホーム 羽越本線 普通「秋田行」




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 13:12| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする