2016年03月15日

外神田散策

用事で出かけた都心でしたが時間が余ったので、行こう行こうと思いながらもなかなか行けなかった神田明神へ行ってみました。

「神田明神」は江戸時代の頃の呼び名で元来は「神田の宮」、明治以後は「神田神社」と言うそうですが、昔、父のお気に入りのテレビ時代劇だった「銭形平次捕り物帖」を一緒に見ていたこともあるでしょうか・・・やはり神田明神の方がぴったりきます。

鳥居をくぐると参道の正面にど〜んと山門の「髄神門」が建っています。
昭和天皇在位50年を記念して再建された細工もすばらしい総檜造りの堂々としたもので、本殿と同じように朱色のきらびやかな色彩に京都の旅で訪れた平安神宮や八坂神社を思い浮かべました。

邪気を掃う山門をくぐり目の前に広がる本殿へ・・・関東大震災で焼失し、その後すぐ当時は珍しかった鉄筋コンクリートで再建され、そのおかげで昭和の大空襲では焼けずに残った建物だそうです。
参拝の後に気がついたのですが、境内には大きな大黒様の像がありました。どうやら縁結びのパワースポットのようです。

東門を出て石段を下ると神田明神下です。
架空の人物なのに「平次もこの辺りに住んでいたのか!」と勝手な想像をしてしまいます。
明神下は今は外神田という住所表示ですが、懐石料亭やうなぎの高級店が路地にひっそりとある情景にひと時自分が今都会にいることを忘れさせました。


img826.jpg



  神田明神 隋神門




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 21:40| 散策と日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする