2015年09月17日

青春18きっぷ 庄内平野の旅 その五。

湊町酒田は江戸時代、西廻り航路が開けた後、廻船・北前船の重要な寄港地になり、米や紅花が大阪や京都に運ばれました。
北前船の往来で商業が発達、豪商も次々と出現し、舞妓さんのいる茶屋文化や格式のある料亭文化など市内にある観光名所には「京の町」を彷彿とさせる文化財が点在します。

「港」というとすぐ太平洋沿岸の漁港を思い浮かべてしまう私ですが、日本海沿岸の港町には明治以後の横浜のような華やかな湊町文化がずっとずっと以前から発展してきたのだなあ、と訪れてはじめて北前船のこととともに理解ができました。

別の話になりますが、市内の飲食店をとってみても海に近いわりには魚料理の店が少なく、かえって焼肉・ホルモン焼きの店の方が多いのには驚きました。
今回は食べる機会を失ってしまった「酒田ラーメン」も気になります。

市中のスーパーマケット巡りも好きで、地元の人が行くようなスーパーでその土地しか売っていないものを見つけたりするのが楽しみです。
とあるスーパーに入ったときのことです。
菓子売り場の前を通り過ぎようとした瞬間、忘れかけていた愛知の旅を思い出すお菓子の袋が目に飛び込んできました。

それは私の住んでいるところではまずお目にかかれないお菓子、愛知県小牧市に本社がある松永製菓の「しるこサンド」でした。
愛すべき愛知のローカルなあのお菓子がなぜ?はるか遠く離れた東北・日本海の湊町での予期せぬ再会にうれしさがこみあげ、気がつくと手を差し伸べていました。

レジの人に聞くと、ここ庄内平野ではずいぶん前からの、なじみ深い人気のお菓子だそうです。
流行や情報、何もかもが東京発信、東京経由のように感じ、物質だけは豊かになった日本全国画一的な価値感の現代ですが、そのお菓子のことと北前船の往来で伝わった文化のこととが頭の中で重なり、ほんとうは地方同士の文化の繫がりが互いを影響し合い、より豊かな文化を育てるのではないかと・・・そんな気がしました。

スケッチは江戸時代から酒田を代表する料亭「相馬屋」を修復した「相馬楼」。

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  山形県酒田市日吉町 「相馬楼」





posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 15:13| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする