2017年06月29日

房総半島・レトロ駅舎巡り その六

どうにか15時21分発の電車に間に合い、館山経由で岩井駅をめざしました。

1時間あまりで岩井駅に到着です。
ずいぶん前にリニューアルされたのは知っていたのでまったく期待していませんでしたが、三角屋根が特徴的な駅舎はいまでも観光客が多く訪れる駅にふさわしい外観だと感じました。

岩井海岸は内房では珍しく長く延びる砂浜が広がる昭和の時代から名の知れた海水浴場です。
遠浅な浜辺と内房ならではの波の穏やかさで、今でも東京や関東にある小、中学校の多くが臨海学校の行き先として選ばれる「臨海学校のメッカ」とも言えるでしょう。

もう何十年前かに小学校の臨海学校で訪れた以来でもう記憶は薄くなっていました。
それでも実際現地に立ってみると不思議なものです、だんだん記憶が蘇ってきました。


通っていた小学校は1年生から6年生まで、各学年とも6クラスぐらいあって1クラスに42人はいました。
ですから全校生徒の人数が1000人を超える大きな小学校だったのですが、当時はどこの小学校もそんなもので珍しくもなかったと思います。
4年生、全6クラス合計260人あまり全員が2泊する夏休みの一大行事でした。

小学校の近くに観光バス会社があって、学校行事の遠足などもそのバス会社が一手に引き受けていました。
出発の日の朝、1クラスにバス1台、6台の観光バスが小学校正門前の道路にずらりと並んだ光景はちいさな目には壮観に映りました。
東京・板橋区から千葉・岩井海岸へ向かうのですが、当時は千葉方面の高速道路も無かったので、ずいぶん時間がかかったような・・・岩井に到着したのはもう夕方になっていました。

バスを降りて先生方の先導でそれぞれの民宿まで細い道をクラスみんながワクワクした気持ちで歩いて行きました。
たぶん1つの民宿に1クラスが割り与えられたのだと思います。
宿に到着したその日の夜からもう仲良し仲間と枕の投げ合いをして大騒ぎ、担任の先生にしかかれてしまったのも、いい思い出となって記憶の中に残っています。


駅前広場から国道を横切り、曲がりくねった細い道を進んでいくと次から次へと民宿が目に入ってきます。
どの民宿の建物も新しく変わってしまったけれど、大きなホテルや旅館がないところは昔と同じ・・・泊まった民宿も特定できなかったけれども、当時の記憶が蘇るような光景に出会えることができました。

海岸に出ると今も変わらない砂浜が広がっています。
左手に見える山の形が特徴的な突き出た御崎の風景もそのままです。
はるか遠くに見える対岸の三浦半島まで波穏やかな海原は疲れたこころをも穏やかに癒していくようです。

海原を背に歩き出す頃には、またチャレンジしてゆこうとする気持ちでいっぱいになりました。


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 千葉県南房総市久枝「岩井海水浴場」




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 01:12| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

房総半島・レトロ駅舎巡り その五

次なる駅舎はお隣の太海駅です。
「ふとうみ」かと思いきや「ふとみ」と発音します。

江見駅と同じ外観の改札口から切妻屋根が突き出ている外房らしい木造駅舎です。
改札口から出て駅名の看板を見上げると、なんと昔ながらの電燈とホーロー引き看板で、目がくぎ付け状態になりました。

駅前広場にはソテツやシュロの樹も植えられていていい感じ・・・雲が出てきて薄日になってしまったけれどスケッチを始めました。 

少し上がったところにある駅前広場から右に降りてゆくスロープを下ると小さな太海の集落を縫う細い旧道にでます。
たしか隣駅の安房鴨川駅も昔ながらの味ある駅舎だったはず、と思って訪れる予定でいたのですが、駅前で客待ちしていたタクシーの運転手さんに今はリニューアルされたことを知らされ、ちょっとがっかり。
まあそれならと商店が点在する太海の旧道をぷらぷら散策することにしました。

海に近い集落の中の曲がり道を歩いていると、ふと小学4年生の夏休み、臨海学校で二泊三日で行った楽しかった「岩井海岸」での思い出が蘇ってきました。

もうすっかり変わってしまっただろうなあ、それとも今でも当時の面影に出会えるだろうか・・・と急に岩井の町が気になりだし、駅へと急いだのでした。


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  JR東日本 内房線 太海駅




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 11:32| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

房総半島・レトロ駅舎巡り その四

保田の駅からまた列車に乗車・・・次の駅、安房勝山も木造のレトロ駅舎ですが、館山よりもっと先により魅力的な駅舎があるので、まずはそこにめがけて列車を乗り継ぐことにしました。

地理的に言えば館山を過ぎて千歳駅ぐらいまで来るともう外房なのですが、内房線は外房線とつながる安房鴨川駅まで続きます。
車窓の大海原は太平洋、内房の海とはまったく光りも風も雰囲気も違ってくるのがわかります。

館山での乗り継ぎ時間もあって1時間半かかって下車したのが、お目当ての江見駅です。
改札口から駅の外に出て振り返ると、すばらしい木造駅舎と対面することが出来ました。
背後の八幡山のふもとにはシュロの木もちらほらあって南国らしい穏やかな雰囲気です。

そんな空気に浸りながら、駅舎の改札口外にあるベンチで次の列車を待つのも「なんと贅沢な時間なのだろうか」と思えました。

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  JR東日本 内房線 江見駅




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 10:02| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

房総半島・レトロ駅舎巡り その三

JR内房線・浜金谷駅周辺は東京湾フェリーの発着場があるためでしょうか人家も多く、駅近くを通る昔からある細くくねくねした生活道路には商店もあって、ぶらぶら散歩が楽しめます。

途中、小さな肉屋さんの店先に並ぶおいしそうなお惣菜が目に入りました。
その日の朝食は早かったのでおなかが空いていたのを口実に、コロッケと串にさした鶏のから揚げを買ってしまいました。
歩きながら食べるなんて小さかった頃は母に叱られたものですが、今日だけは・・・天国にいる母には多目に見てもらうことにしましょう!


前置きが長くなってしまいましたが、浜金谷の次の駅が保田です。
この駅も同じような造りの木のレトロな駅舎で、浜金谷駅と同様に水色基調に塗られた駅舎が魅力的です。

保田にはけっこう大きな漁港があります。
実は保田駅で下車した理由は「レトロ駅舎」もありましたが、国道沿いにある漁業協同組合直営の「お食事処」へ行きたかったのが半々の理由でした。
「ばんや」という大きなお食事処、かなり知られているので週末になると駐車場には東京や他県と遠くからのクルマでいっぱいになるそうです。
平日でも昼時は混むと聞いていたので、早めに食事することにしました。

その日に漁港に水揚げされた新鮮な地魚の厚切り切り身が寿司ネタの「ばんや寿司」も魅力的なのですが、迷った末??イカの「かき揚げ丼」を頼みました。
イカも大好物の中のひとつで、プリプリのイカが入ったかき揚げ丼はボリュームたっぷりで大正解!!大満足な食事となりました。
食べ終わると他の人の食べているものも気になるものです。
周りをキョロキョロ・・・さしみ定食に天ぷら盛り合わせ、焼き魚定食やキンメなど煮魚定食も気をそそわれました。


外のベンチでしばらく心地よい潮風を感じながら休憩していましたが、時計を見ると列車の時間が迫ってきています。
新たなるレトロ駅舎を求めて保田駅に戻ることにしました。


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  JR東日本 内房線 保田駅




posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 00:55| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

房総半島・レトロ駅舎巡り その二

「その一」の続きが滞ってしまいましたが、パソコン内臓のハードディスクに不具合が起きて手付かず状態だったのでした。
というわけで、今回は「その一」でスケッチを載せた「浜金谷」駅までのお話です。


乗り間違えた?京葉線は越中島駅を過ぎたあたりから「グイーッ」と右カーブを上がりながら地上に出て、一気に高架線まで上り続けます。
その様はあたかも(体験したことはないけれど)潜水艦が海面に急浮上し飛び上がるような・・・そんなスローモーションな光景を連想してしまうのですが、そんなことを連想するのも私だけか?
美しく表現するなら「イルカのジャンプ」と言ったら共感してもらえるでしょうか。

潮見を過ぎて新木場から広がる東京湾が見えてくると居ても経っても居られず席を立ってドア付近に陣取ります。
舞浜はさすが平日でも乗降客が多いのはディズニーランドの最寄り駅だからです。
そう言えばディズニーランドにはいまだかつて行ったことがありません。
私にとっては「日本一高い富士山に登ったことがない」のと同じ感覚でいるのです。
仲間で行けば行ったでたのしいはず・・・チャンスがあればとは思っています。
内房線と合流する蘇我駅まで車窓から見える平和な海をずっと眺めていました。

蘇我駅から内房線の普通列車への乗り換えで気分は俄然中学生の頃の遠足モードに・・・しかし時は流れ、時代も変わりました。
20、30年前ぐらいならこの辺りから情緒豊かな木造駅舎ばかりだっただろうと思うのですが、人口の増加、駅舎の老朽化もあり残念ながら新しい駅舎、駅前広場に変わってしまったのも理解できるのです。


そんなこんなで最初に下車してホームに降り立ったのが「浜金谷」駅です。
開業は大正5年(1916年)、跨線橋は新しいですが駅舎は昔のままの木造で海沿いの駅のローカル感漂います。
長い間木造の木のままの色の駅舎でしたが、近年になって瓦屋根も壁も水色に塗り替えられたそうです。
しかしそんな水色が返って房総らしい明るく強い夏の日差しによく似合っていると思いました。

近くには景勝地の「鋸山」があり、東京湾、三浦半島、遠くは富士山までも一望できる展望台にロープウェーで行くことができます。
そして最寄りの金谷港から東京湾フェリーが就航していて、対岸の三浦半島、久里浜に渡れるのです。
そんな短い船旅ができるのも旅心をくすぐります。


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posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 01:08| 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする