2020年05月29日

中央線沿線、武蔵小金井駅のこと

「中央線」と聞くと懐かしい気持ちでいっぱいになる私・・・
小学生高学年から中学、高校、そして大学卒業までと長い間住んでいた住まいから10分ほどバスに乗って着く最寄りの駅が武蔵小金井駅でした。

新型コロナウイルス感染拡大がまだ広がっていなかった2月終わり、前からちょっと気になっていたので10何年振りかの訪問をしてみました。


中学生までは電車に乗ることもなく駅に行くことも少なかったのですが、高校生になってから電車通学で毎日利用した駅となりました。
昭和も50年代 (1975年前後)の経済成長も順調だったころの中央線、武蔵小金井駅は現在のように線路もまだ高架ではなく踏切があるような駅でした。

構内には上りの電車と当駅始発、当駅止まり専用の線路2つに挟まれた中州のようなタイプのホーム、南側には下りのホームがある3本の列車が停車できるような造りでした。
始発電車があったのは車両基地がある電車区があったからなのですが、朝、高尾からホームに入ってくるすし詰めの電車を横目に、空いている始発電車に乗れるというのはなんだか優越感を持った記憶があります。

ラッシュアワー時の過密ダイヤに始発電車が加わったことでまともに被害を被ったのが、自動車です。
ホームの新宿寄り間近に南北に横切る小金井街道があるのですが、朝は1時間に1分も開いていないというまったくの「開かずの踏切」でその悪名高さは有名でした。
後に歩行者だけでも、と横断歩道橋が架けられたので歩きで横断する人は救われました。


当時、国立駅と並んで古いレトロな駅舎として知られた南口の駅舎は、高校生になった頃もこぢんまりしたタクシー乗り場のある駅前風景がいいなと思っていました。
2010年11月完了した三鷹・立川間の鉄道高架工事と伴い再開発されました。

かつての趣はぶっ飛んだ近代的な駅前広場になりましたが、中途半端な再開発でなかったのが救いで、それはそれで洗練された商業施設を伴った二十一世紀の好感の持てる広々とした駅前風景となっています。

バス乗り場のある北口には新宿駅のデパートを連想させるような?7階建ての西友や長崎屋がありました。
現在、駅舎は南口同様、近代的な外観になり、西友の入っていたビルは他の会社の店が入ってますが、建物は当時と同じままのようで、かつての北口駅前広場の面影が残っていました。

当時高い建物など近辺に無かったので高校の帰りなど寄って、気持ちの良い風をあたりに富士山の見える眺望のいい屋上遊園地に上がったこともよくありました。

北口改札を出て右手には洒落た喫茶店、定期券など発行するほんとに小さな掘っ立て小屋のバスの案内窓口があって、その横では冬の夕暮れ時にはよく天津甘栗の屋台が出ていました。


そんないろいろな思い出がたくさん浮かび上がるのが武蔵小金井駅です。


img154S.jpg

  家族アルバムに貼ってあった駅南口の写真を元に描いた鉛筆スケッチ








posted by Tai NUMAJIRI 沼尻泰 at 17:38| Comment(0) | 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする